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 2−07 副露判断基準
 いかなる時に副露すべきか、すべきでないか、を論理的に解説する。

    副露判断基準の一般論

     まずは、例のごとくオカルト攻撃から。
     オカルトは、「鳴くことにより、ついている人のツキを食い取る」とか「鳴いて流れを変える」と言うような発言をする。このような判断基準によって副露すべきか否かを決めている人が、明確で論理的で客観的な副露判断をしている人に勝てる訳がない。
     ツキがどうの、流れがどうの、などは論外であり、気分や気まぐれで副露を判断してはならない。副露には、明確な判断基準が必要である。

     自分が手持ちで2枚持っている牌を他家が捨てた。客観的事実としてのポン可能状態である。これは誰にでも共通に認識しうる客観的事象である。では、このポン可能状態において、ポンをすべきか、それとも見送るべきか?
     「手による」「場況による」との回答であろうが、ではどのような手の時、どのような場況の時に、ポンするのか、しないのか、を明確に述べよ。
     「場況と手持ち牌、すべての捨て牌、副露状況が示されなければ回答できない」ということならば、副露判断基準を何も持っていない、ということになる。

     副露判断と立直判断と和了判断が、3つの大きな判断基準である。この3つの判断基準を明確に持っていて、常に基準に照らし合わせて行動できている人が麻雀が強いと言える。その基準がどれだけ正しいかは別にして、基準を持っている人は、基準を修正することにより強くなれるから、である。基準を持っていない人は、場当たり・勘・気まぐれで判断しているので、成功や失敗の要因を把握しきれない。


    ●副露か否の基準要因
     (1)順位による基準(トップか2位か3位4位か)
     (2)親か子かによる基準
     (3)役の見込みによる基準
     (4)門前での和了期待点と副露時の和了期待点による基準
     (5)他家の動きによる基準
     (6)槓による基準
     (7)自分が門前か副露しているかによる基準
     (8)形式聴牌の基準
     (9)一発消しの基準
     (10)ブラフによる基準

    <まだまだ続く>

    ポン理論

    ・ポンの判断基準
     役牌、ドラ、二鳴き、点差(僅差・大差)

    ・序盤の中張牌のポンがいかに損か。
    ・556から5をポンする愚かさ。
    ・2223から2をポンして1を引き出す。

    ・一鳴きか二鳴きかの判断
    ・他家の副露
    ・二副露目の判断
    ・待ち種類を増やす、待ち牌数を増やす鳴き
    ・槓しないでポンする作戦


     <未稿>


    チー理論

    ・チー判断基準

    ・現物食い換え
    ・筋食い換え
     筋食い換え禁止の場合の鳴き方
     123345から、4をチーし、35で鳴く。
    ・遠い筋食い換え

     <未稿>


    ●良形搭子残し

          ドラ:
     ドラドラ持ちなので、中を鳴いて3900は固い手。
     しかし、ドラ対子以外は、4つの搭子という状態である。このような場合、チーに頼ることになるのだが、「良形搭子残し」とは、4搭子のうちの最もいい形、両搭である七八萬は残せということである。つまり、六萬や九萬が出ても鳴かずに見送り、面子候補となる搭子が固まるのを待つ方がいいということである。愚形搭子は鳴いてよいのであるが、鳴いた場合にもデメリットはあり、3つの搭子のうち、どれかを落とさなければならなくなる。搭子が進化して、面子候補が確定した時点でチーに入る方が望ましい。

    ●鳴きの定石
     面子や搭子が複合する場合に、端寄りの牌を晒すこと、また、辺張や嵌張を晒すことが一般的である。
        ドラ:
     上家から三萬が出たら、一萬・二萬の辺搭を晒す。これは四五萬の両搭を残すためである。
        ドラ:
     上家から三萬が出たら、二萬・四萬の嵌搭を晒す。同じく、四五萬の両搭を残すためである。

     これは当たり前のことであろうが、しかし、端寄りの牌を晒すことを定常化してしまうとよくない場合もある。

        ドラ:
     上家から四萬が出て、チーする。食い断確定の場合などである。
     この時に、端寄りの二萬と三萬を副露することはよくない。
          ドラ:
     三萬と五萬を副露することで、手牌の面子がドラ受け可能になる。つまり、この後、ドラ五萬を引いて、二萬と振り替えが可能になる。上家からドラが出た時に食いついて、筋食い換えで1飜増やすこともできる。
          ドラ:
     重要なポイントは、二萬・三萬副露だと、ドラを引いた時に切り出すことになってしまい、守備面でも損、当然自分の和了点においても損、になるということである。

    ●鳴いて高くする
     一般に副露すれば安くなるのだが、副露して高くなるケースもある。
        ドラ:
     断幺九+ドラドラで5200の聴牌。嵌七萬待ちである。
     門前主義に固執するあまり、5200で満足してはならない。上家から八索が出たら食う。
     断幺九+三色同順+ドラドラで、鳴いて7700になるのである。この三色同順への手変わりに気づいていてそれでも門前にこだわって、「門前で八索を自摸れば、もっと高い」と言っても満貫止まりなのである。八索は迷わず食うべきである。


     <未稿>


    賢い鳴き方

    ●待ちを増やす鳴き
        ドラ:
     上家から三筒が出て、チーする。チーテンである。
     一二筒の辺搭を晒して、打九筒とし、
          ドラ:
    四七筒待ちで両面になって満足している人が多いように感じる。
     しかし、四筒・五筒の両搭を副露して打九筒とすれば、一四七筒の三面延べ単になる。
          ドラ:
      このように、鳴き方によって待ちを増やすことができる。
     この例の場合、必要に応じて、打東とし、一気通貫とすることもできる。

    ●両面待ちで満足しない
          ドラ:
     役牌1副露の混一色聴牌形である。一四筒待ち。
     両面待ちになっているので、それで満足してしまってはいないだろうか?

     六筒が出たら、ポンして三筒切りである。
          ドラ:
     一四七筒の3面待ちになる。

     九筒が出たら、ポンして三筒切りである。
          ドラ:
     一四七筒+二五筒の5面待ちになる。

    ●何をどう食うか?
     別に混一色に限ったことではないのであるが、混一色の時に発生しやすいので、例を混一色としている。
          ドラ:
     2副露状態で聴牌形。嵌五筒待ち(1種4牌)である。ど真ん中であり、できれば鳴いて待ちを増やしたい。何が出た時に、どう副露するのがよいか、という論題である。
     副露可能牌は、一筒チー、二筒チーとポン、三筒チーとポン、四筒チーの6通りである。
    (1)一筒チー
     三筒単騎では待ちが1枚しかないので、六筒単騎に変わる。
          ドラ:
     一筒はチーすべきではない。手を狭めるだけである。
    (2)二筒チー
     六筒を切って聴牌保持であるが、二筒と三筒を1枚ずつ使っている双ポン待ちなので、待ち牌は、2種2牌のみとなる。チーすべきではない。
          ドラ:
    (3)二筒ポン
     六筒を切って、変則3面待ちに変化する。
          ドラ:
     ただし、二筒を3枚使っている。それでも、待ち牌は3種8牌。嵌五筒のままの状態より遥かにいいので、副露すべきである。
    (4)三筒チー
     六筒を切って、変則3面待ちに変化する。
          ドラ:
     待ち牌は3種10牌。当然副露すべきである。
    (5)三筒ポン
     六筒を切って、両面待ちに変化する。待ち牌は2種6牌。
          ドラ:
     三筒をチーすることとポンすることを比べたら、ポンする方が格段によい。待ち牌数もそうであるが、三筒の壁を見せることによって、二筒を引き出しやすくなる。
    (6)四筒チー
     三筒単騎では待ちが1枚しかないので、六筒単騎に変わる。
          ドラ:
     四筒はチーすべきではない。手を狭めるだけである。
    副露しない嵌張待ち1種4牌
    (1)チー切り 単騎待ち1種3牌×
    (2)チー切り 双ポン待ち2種2牌×
    (3)ポン切り 待ち 3種8牌
    (4)チー切り 待ち 3種10牌
    (5)ポン切り 両面待ち2種6牌
    (6)チー切り 単騎待ち1種3牌×
     まとめると、一筒・二筒・三筒・四筒のうち、一筒と四筒は副露すべきではない。
     そして、二筒のチーは見送り、二筒のポンはするべき。三筒はチーもポンもするべきであるが、チーをする方が有利である。


     同様に暗刻絡みの例である。
          ドラ:
     2副露状態で聴牌形。嵌六筒と単騎七筒待ち(2種7牌)である。できれば鳴いて待ちを増やしたい。何が出た時に、どう副露するのがよいか、という論題である。
     副露可能牌は、一筒チー、二筒チー、三筒チー、四筒チー、五筒チーとポンの6通りである。
    (1)一筒チー
     七筒を切って、変則3面待ちになる。
          ドラ:
     待ち牌数は3種10牌。確実にチーすべきである。
    (2)二筒チー
     二筒をチーして・・・二筒を切る(現物食い換え)、ということになる。
          ドラ:
     待ちは変わらない。これ以降の自摸による手変わりや他の副露可能牌のことも考えると、このような副露は絶対にすべきではない。
    (3)三筒チー
          ドラ:
          ドラ:
          ドラ:
    (4)四筒チー
     二三筒の両搭を晒す。もし、三五筒の嵌搭を晒すとノー聴になってしまう。
          ドラ:
     変則3面待ちになり、待ち牌数は3種10牌。
    (5)五筒チー
     五筒をチーして・・・二筒を切る(筋食い換え)、ということになる。
          ドラ:
     待ちは変わらない。これ以降の自摸による手変わりや他の副露可能牌のことも考えると、このような副露は絶対にすべきではない。
    (6)五筒ポン
     七筒を切る。一見、延べ単だが五筒はないので、2種3牌となる。
          ドラ:
     
    副露しない待ち 2種7牌
    (1)チー切り 待ち 3種10牌
    (2)チー切り 待ち2種7牌×
    (3)チー切り 待ち2種7牌×
    (4)チー切り 待ち 3種10牌
    (5)チー切り 待ち2種7牌×
    (6)ポン切り 延べ単待ち2種3牌×

     


    槓理論
     槓理論の前に、槓に関する一般常識から説明する。
     槓には、3種類ある。大明槓・加槓・暗槓である。

     槓─┬─明槓─┬─大明槓 … 手牌の暗刻を他家捨て牌で槓。
       │    └─加槓  … 明刻に対して手牌の1枚を槓。
       └─暗槓       … 手牌の4枚の牌を槓。

     明槓の種類として、大明槓と加槓の2つがある。大明槓のことを単に明槓と呼ぶこともあるが、加槓と区別するために、ここでは明示的に大明槓と呼ぶ。
     槓をすると、嶺上牌を1枚自摸る。これにより14牌の王牌は1牌分ずれることになる。王牌を14枚残すため、河底牌を大明槓、海底牌を加槓・暗槓することはできない。
     槍槓は、加槓に対してのみ可能である。ただし国士無双に関してのみ例外として暗槓に対する槍槓を認めている。
     送り槓とは、222234と手牌で持っていて、5を自摸った時に、2を槓することである。234の順子が345に変わることになる。立直後の送り槓はチョンボとなる。
     また、送り槓とは別に、立直後の槓による待ち変えはチョンボである。8889と手牌で持っていて、79待ちで立直をかけた。この後に8を自摸って8を暗槓すると、9単騎待ちに変わることになる。これは待ち変えになり、チョンボとなる。
     「暗槓は副露ではない」と思っている人もいるようであるが、暗槓も立派な副露である。門前状態での副露になる。非門前と副露は同義ではない。暗槓は、門前状態を保ちつつも、自分の手牌を他家に晒す(副露する)のである。


     槓したがる人は多い。ドラが乗るから、嶺上開花の可能性があるから、嶺上牌で自摸数が増えるから、というのが理論的な理由であろうが、これ以外にも別の要因があって槓がよくされると思う。
     それはどう表現したらいいのか難しいが、派手だから、かっこいいから、何か日常から離れたことをやってみたい、ストレスを解消したい、注目を浴びたい、自分の存在をアピールしたい、というような幼稚な、子供の遊びのような理由で槓をする人が多いような気がする。

     槓をすることはドラが増えるということであり、場が荒れる。ドラは誰に乗るか判らないので、ギャンブル性が高まる。雀力に自信のない人は、ギャンブル性に頼る。自分の雀力に自信があるのなら、ギャンブル性に頼る必要はない。
     よく役満は原爆に例えられる。役満を和がられたら、その荘はもう終わりである。よほどのことがない限り、役満を和がった人が勝者となる。よって、役満を狙う人がいたならば、他の3人が協力しあってでも妨害すべきなのである。包牌(ぱおぱい)を打つなどは論外である。
     では、原爆ほどではないにしても、それに次いで場を荒らす行為は何かというと、槓、なのである。役満ほどではないにしても、槓ドラが乗った人が勝者、と決まってしまうことは多い。
     緻密に綿密に戦略を立て、戦術を展開し、必要な点数を出すよう手作りをしている人にとって、槓は極めて迷惑な行為となる。槓ドラが、自分に乗ればラッキー、他家に乗ればアンラッキー、というそれでしかない。これは運・不運なのである。槓ドラや槓裏絡みで、満貫、跳満という大物手に一気に化けてしまう。

     話は逸れるが、割れ目好きな人は、一般に雀力が低い。麻雀を高度で知的なゲームから一か八かの丁半賭博に貶(おとし)めている。割れ目好きな人には、点数計算を正確にできない人が多い。そして割れ目好きな人ほどよく槓をする。点数計算ができないことで見えていない麻雀の面白さを、別のギャンブル性という要素で埋めてしまっている実にもったいないことなのである。
     因みに私は割れ目は大嫌いである。
     さらに、はっきり言うと、割れ目好きな人も、嫌いである。

     基本的に槓をする人は下手である。下手な人ほどよく槓をする。槓できるチャンスの時に100%近く槓する人もいる。「大明槓はあまりしないが、暗槓と加槓は100%する」という人は多い。
     あるいは、自分が聴牌または立直直前、または立直後なら暗槓するという人も、また、多い。しかし、これは誤った判断である。
     私は槓するチャンスの1%も槓しない。それは槓は基本的には損になることが多いからである。

     あるローカルな麻雀ルールでこういうのを読んだことがある。「暗槓する場合は暗槓を宣言し4枚を手牌から外に出すのだが、この時4枚とも伏せて置き、何を暗槓したかは他家に判らない状態で副露する」というものである。暗刻は他家に見せる必要はないのに、なぜ暗槓は他家に自分の手牌を見せなければならないのか、それはおかしい、という理論である。このローカルルールは理に適っていると思う。
     しかし、もう少しこのルールに言及すれば、何を暗槓したか判らないが少なくとも槓子を持っていることを他家に判らせてしまうというデメリットはあるのである。暗刻を持っていても暗刻を持っていることを他家は知り得ない。しかし、暗槓すればこのローカルルールでも順子以外の面子構成を持っていることがバレてしまうのである。まあ、そんなことを言ってもどうすることもできない。槓には嶺上牌が必要となるので、このローカルルールを改訂しても、順子以外の面子を持っていることを他家に判らないように暗槓を構成することはできないのである。
     このローカルルールにおいてさえも、暗槓は不利である。暗刻状態または4枚使いの状態なら他家には判り得ない情報を他家に与えている。まず第一に役読みとして、暗槓をしたのならば、平和はないと読まれてしまうことである。そして第二に4枚とも伏せて置いたとしても、終盤になれば生牌が少なくなることと捨て牌に出てくる相から暗槓した牌を読まれてしまうことである。

     暗槓の最も損な点は、手牌を他家に見せてしまうことである。しかも同種牌4枚である。これは門前状態であっても役読みに絶大なる材料を与えてしまうことになり、これだけでも大変な損失であるが、さらに自分しか知り得ない同種牌4枚の情報を他家にみすみす露呈してしまうということが、もっと損なことである。例え字牌だとしても損であるし、数牌であれば、端寄りでも中寄りでも、他家の手作り・待ち読みに非常に大きな情報を与えてしまうことになるのである。
     ポンでも損だというのに、槓はもっと損である。完全なるノーチャンス壁ができるのである。暗槓しなければ他家はそれに気づかないが、暗槓によって搭子構成を変えるし、待ち読みも変える。待ち読みは自分が損するばかりでなく、他家の他家に対する待ち読みの情報も与えてしまうのである。自分が放銃するよりも、自摸られる方がいいし、自摸られるよりも、他家が放銃する方がいい。しかし、この両方において損をすることになる。自摸られる可能性も高くなるし、他家が放銃する可能性も低くなるのである。結局損をしているのは槓した本人である。暗槓しなければ、自分だけが知っていて他家は知らない大変に貴重な情報をあえて公開することのデメリットは計り知れない。
     麻雀の待ち読みと手作り時の搭子変更は情報戦であるという事実に気づけば、槓はしなくなる。


    ●国士無双と幺九牌の暗槓
     国士無双を狙っている他家がいたとする。中盤くらいでまだ国士無双は聴牌していないであろう状況で、同種の4枚めの幺九牌を自摸ったとする。暗槓するか? 絶対にすべきではない。4枚使いができそうになければ(もちろん字牌ならば)、4枚めを知らん振りして切ってしまうのがよい。国士無双を目指した人は、幺九牌の4枚切れを確認するか、残り自摸数が少なくなって和了不可能と判断するか、対子が増えて混老頭+七対子などに手変わりするか、以外には、国士無双を諦めないものである。国士無双を目指している他家が、国士無双不能状態であるということを自分だけが知っている、ということに価値を置き、暗槓してはならない。国士無双を目指している他家にとって有効な施策であるし、国士無双を恐がる他の2人にとっても有効な施策である。暗槓してしまえば、国士無双不能であることが全員に判ってしまい、大変な情報ロスとなる。
     因みに、4枚めを切って国士無双に放銃するのならば、暗槓しても槍槓で放銃なのである。(国士無双のみ暗槓の槍槓が認められる一般ルール)


    ●役牌ドラのダブルドラ
     役牌ドラは、特別な意味を持つ。發がドラの場合、3枚集めれば7700点か満貫。つまり役牌ドラ1枚、發1枚の価値は点数換算で、2567点〜2667点もあることになる。
     これが親のダブ東の場合は、さらに強烈で、11600点か親満。東1枚の価値が点数換算で、3867点〜4000点にもなる。
     さらにさらに、ダブ東が表ドラで槓ドラも東になった時(ダブルドラ)、なんと東を3枚集めるだけでダブ東+ドラ6で親倍、24000点である。東1枚の価値は、なんと8000点。
     役牌ドラがダブルドラになった時に、それを切る行為は、厳に慎むべきである。


    ●槓ドラの可能性
     槓によって自分に槓ドラが乗る確率は、他家よりも低い。槓しているということは、同種牌4枚を使っているということであり、それだけ槓ドラが乗りにくいのである。槓した本人が最もドラが乗る確率が低く、他家にチャンスを与えてしまうことになる。

     東をポンしていて、東のみ聴牌。そこに東を持ってきて「東のみじゃつまらないから加槓」などと言って加槓してしまう愚かな打ち手は多いが、自分にドラが乗ることよりも、他家にドラが乗る可能性が高く、また、その後に立直されること、ドラが多く乗ることを考えたら、恐ろしくて槓などできない筈である。心ない打ち手の安易な槓により、「槓したから立直!」と曲げられて、「立直+平和+自摸+裏ドラ1+槓ドラ1+槓裏1」なんて和がられたら、跳満。周囲に迷惑な行為となる。槓しなければただのピンツモだったのに。

     他に立直者がいる、または、立直していなくとも門前の人が多くいるのに、自分は門前を崩しているのに、槓、または、門前を崩してしまう大明槓をする人がいる。これは損である。
     立直しなければドラは1種類、立直して2種類(+裏ドラ)、槓があれば立直者(+槓ドラ+槓裏)は4種類となる。従って、門前を崩す大明槓は愚かな行為であるし、加槓も、門前が崩れているので、これも愚かな行為である。
     ましてや立直者がいるのに、槓してしまうのは自殺行為に近い。
     もし、門前対門前だとしても、裏ドラと槓ドラと槓裏が乗る可能性も、槓した人(この場合は暗槓した人)よりも、槓しない人の方が高いのである。


    ●槓判断基準
     槓すべきでない状態を示す。副露判断基準として、以下の時には、槓すべきではない。

    ・自分が1位・2位・3位の時。
    ・序盤および中盤。
    ・ノー聴時。
    ・副露時。
    ・他家立直がある時。
    ・大明槓。
    ・中張牌。

     では、100%いかなる場合においても槓をしない方がいいのかというと、そうでもない。槓をすべき時は以下の2つの場合の終盤の暗槓に限られる。

    ・立直後に他家病牌を殺す場合。
    ・ドラを増やす。自分が大きく負けている時で自分の手が他家より早くて待ちがいい場合。


         ドラ:

     序盤にこの牌姿で立直をかけたとする。終盤になっても和がれず、ここに五萬を自摸ってきたとする。他家はベタ降りかというとそうでもなく、きわどいところを勝負してくる人もいる。五萬を持ってきたならば、二五萬の筋で7牌も抱えることになり、これは場を見ずとも危ない牌であることが判る。五八萬の筋もケアする。このような場合に、三萬や四萬の見え方にもよるが、他家の待ちを殺すために、やむなく五萬を暗槓することは悪いことではない。


    ●他家が槓をした後の対処

     他家が槓をした後、どう振る舞うか、について述べる。
     まず、槓した牌、死んだ4牌を見ることである。もし、槓した牌が四筒だったとする。すると四筒が完全壁になる。
     自分の手牌が一三五筒という二嵌形だったら、三五筒という嵌搭は完全に面子になり得ない。よって五筒を切る、という対処行動になる。
     自分の手牌が二三筒という両搭だったら、片側一筒だけの待ちとなる。一筒の見え方、二筒や三筒の見え方によって、この両搭を残すか嫌うか、を決める。
     一般に四筒が槓された場合にはその表筋となる一筒と七筒は出にくくなる。これは、二三筒の両搭と五六筒の両搭を持っている人にとって、それぞれ一筒と七筒が面子確定の牌になるからである。
     自分の手牌が一三三五筒という形だったら、これはチャンスである。三筒と五筒を連続切りして一三筒の嵌搭を残し、二筒で待つ。他の誰もが、「四筒が枯れたから、三筒と五筒の嵌搭を整理したな」と思う筈である。二筒が2枚くらい見えていても、出和がり確率は高い。
     一般に四筒が枯れたならば、一二三筒は使いづらい、構成しづらい面子として認識される。この裏をかいて、壁の外で待つ(壁ひっかけ)ことも効果的であるし、事実、構成しづらいのだから、とっとと搭子を崩してしまう、という対処行動もとれる。
     前出の話の繰り返しであるが、もし四筒を暗槓、または、大明槓されなければ、四筒が死んでいるという情報を知り得ないのであり、この情報の価値は極めて大きい。

     槓した人が門前であろうとなかろうと、槓した人も含め、門前の人は多くのドラを期待して立直に出ようとする。槓した局において立直は増える。
     この立直は焦りの立直になることが多い。焦りの立直の待ちの特徴は、愚形嵌張か、そば聴である。追っかけ立直が多くなることも、また、槓をした後の特徴となる。
     このような場況では行くのか引くのか、明確に決めることが肝要である。点差状況などによって、勝負に出るのであれば早く出る必要がある(この場合当然大きな放銃も覚悟の上)し、君子危うきに近寄らずと逃げるのであれば、完全ベタオリすべきである。槓ドラなんかを引いてくると、和了欲求が高まってしまいがちなのであるが、自分が放銃するより、自摸られる方がマシ、自摸られるよりは他家が他家に放銃する方がマシ、と思わなければならない。 点棒状況によるが、それなりの自分の和了期待点(跳満クラス)がない場合には、逃げた方がいい。
     

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